まだら狼



「便所に馬之助がおった!馬場にやられたけん腕ば吊っとったぞ!」


あれはオレが小学生の低学年頃だったと思います。


今は亡き祖父が住んでいた家からほど近い場所にちょっとした大型スーパーがありました。


当時、その辺りでは珍しく超大型の駐車場を完備していたその店舗は平日でも大変賑わっている繁盛店で、オレも連れて行ってもらうと非常にテンションが上がっていたのを思い出します。


そんなスーパーへ祖父と出かけていた時の事です。


店舗内のトイレから出てきた祖父が、興奮した様子で冒頭の台詞を立ち読みしていたオレの元へやってきました。


オレの祖父は力道山時代を経て、当時深夜に放送されていた全日本プロレス中継を観るために目覚ましをセットして早めに一度就寝するほどプロレスが好きでした。


と言ってもあまり祖父の口から「猪木」という単語を聞いていた記憶は無く、多分馬場・全日本が好きだったのではないかと思います。


当時上田馬之助選手は既に新日本プロレスをキックアウトし、タイガージェットシン選手の名パートナーとして全日本マットを席巻していましたから、祖父にしてみれば余計に興奮する対象だったのかもしれません。


その時には既に新日本・猪木信者と化していたオレは、馬之助選手の名前を聞き、


「全日かぁ」


と、クソ生意気にちょっと醒めた感情がよぎった事をよく憶えているのですが、それでも何より家の近所のスーパーに何故かプロレスラーがいた!という事実が夢のようでドキドキしました。


オレがプロレスを生で初観戦するまだまだ数年前の話です。

今になって考えると、あの頃、馬之助選手はG.馬場のアームブリーカーか何かによって腕を脱臼だか骨折だかをしたという試合があり、その模様がプロレス月刊誌に大きく掲載されていた記憶があります。


多分、その試合まもなくの巡業中に途中休憩か、トイレ休憩の為に巡業バスが停められる巨大な駐車場があった、あのスーパーに寄ったのではないでしょうか。


見られている事を過剰なまでに意識する事は勿論ですが、「実はあの試合は…」等と自分の作品に自ら傷を付けない、物語をその後も紡いでいるのが一流のプロレスラーだとオレは自分の中で勝手に解釈しているのですが。


老若男女、不特定多数の人が大勢いる試合会場でない場所に、腕を吊って現れた馬之助選手はやはり一流のプロレスラーだったと思います。

晩年も雑誌のインタビュー等を受ける際には、病床にいながらも髪の毛を金髪に染め「まだら狼」上田馬之助として対応していたという話等を読み聞きするとより一層その気持ちを強くします。



上田馬之助選手の訃報を聞き、思い出したプロフェッショナルなお話です。


合掌。
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